旅立ちへの、旅立ち。~夏の能登半島一周ひとり旅 前編~
自転車に乗れない日々が続いています。
2月13日に漢字能力検定2級を受験。ひきこもり学習のおかげか、自己採点は合格ライン。あとは字が汚くて弾かれなければ大丈夫でしょう、たぶん(笑)
その後も天候や路面の状況が悪かったり、細々と予定が入ったりしていました。
就職面接もありました。結果はまだですが、そろそろ人生の転換期に来ているのは間違いなさそうです。
そういう訳で新しい旅ができていません。今回は、ブログを始める前に行った旅を振り返って記します。
記憶が失われないうちに、どこかのタイミングで記録に残したい。
そう思っていた能登一周旅を、いま書いてみることにします。
この旅は退職記念?として梅雨入り前に、大きな旅をひとつ達成しようと企てたものでした。
6月15日 1日目
旅の初日は電車移動、そして富山駅からのスタートです。
旅の皮切りに富山県立美術館の常設展示を観ていきます。
時間があれば企画展も観たかった。
じつは直前の房総旅で変速が不調だったのに直す暇なく出発してしまったので、これから3日半の旅に耐えられるか不安でした。
そこで富山市街を抜ける前に町のバイク・自転車屋さんに診てもらうことにします。声を掛けたら快くフロントディレイラーを直してくれたばかりかお代は要らないと。
あとから振り返ると、どれだけ助けられたことか。本当に恩に着ます!
昼食はすぐとなりのローソンで。関東ではお目に掛かれないアイテムゲット。
さあここからがアクチュアリー・スタート!
…新湊大橋を渡る気満々だったのに…袂に行くまで自転車通行禁止だなんて知らなかった(;´Д`)
橋が渡れないため新湊の入り江を大廻り。海王丸を観てから海沿いに新湊~伏木~雨晴~氷見と移動、それからR415で羽咋へと向かいます。
伏木、氷見は5年前にブルベで通っていて懐かしかったけど、半日の行程なのでゆっくりできず、散策は帰りにすることに。
石川県に入り神子原の集落に出ます。
羽咋駅前と周辺。翌朝は早いので景色を観るなら今のうち。
羽咋のほぼ駅前の格安ホテルにチェックイン。4年前にブルベ前泊で泊まったのと同じところ。
実は前回は、就寝した途端に着信があり、身内がトラブルに巻き込まれたからすぐ帰って来いと。
そのため翌朝の始発でとんぼ返り、ブルベを走ることなく羽咋まで旅費かけて往復しただけに終わったのです。
そんなことを思い出しながら、翌日の行程をチェックしてから就寝。
(1日目 73.5km)
6月16日 2日目
2日目は羽咋から可能な限り海岸線を辿って輪島~狼煙(能登最北端)へと移動するルート。
Mapに拠れば道はあるけど本当に自転車で行かれるのか未知数で、行ってからのお楽しみ状態。
なにしろこの3泊4日旅をたった1日で計画し、しかも当初2泊3日で組んでいたのを往きの電車内で急遽1泊増やしたという突貫工事のルート決めなので詳細までは定めていません(笑)
ちなみに千里浜は眼中に入れておらず。というのも我が千葉県には九十九里浜があるので、類似のものを見ても仕方ないかと思いました(笑)
最初の立ち寄りは氣多大社。(〒925-0003 石川県羽咋市寺家町ク1−1)
じつは何の予備知識もなくここに立ち寄ったのですが、あまりに気高い佇まいに気が引き締まりました。
なんとも気品のある花手水ですね。
北上するにつれ海岸線がアップダウンを増してきました。
なんだか伊豆に似てると思いましたが家屋は違いますね。
今回は海岸線の旅。と言っても房総のなだらかなそれをイメージして行くとダメージ喰らいます。
ここは巌門という観光名所らしいです。ホントなんにも調べて来なかった(笑)
このほかの能登西海岸線の断崖絶壁も、迫力あって美しく感じました。
やっぱり伊豆みたい。ディレイラー直してもらってよかった!
世界一長いベンチ。(〒925-0447 石川県羽咋郡志賀町富来領家町15)
うっかり迷い込んだ入り江がまた美しかった。
このあと奥の激坂を登らなければならないのだが…
ヤセの断崖。サスペンスのロケ地とか。(〒925-0577 石川県羽咋郡志賀町笹波)
そういえば北陸には東尋坊もあるし、サスペンス映えする場所が多いんだなぁ。
いよいよ広~い輪島市に突入。
時間の都合で寄るか迷いましたが、やっぱり神社仏閣フリークとしてはスルーするに忍び難く。
曹洞宗の大本山、總持寺祖院。2021年がちょうど開創700年だそう。(〒927-2156 石川県輪島市門前町門前 コ1-18)
明治に大火に遭い消失、再建されたとのこと。
重厚な総ケヤキ造りの山門。
本当は門前町がとても雰囲気がよく、写真を撮りたかったのだけど人が多く撮影しづらかったです。
總持寺祖院を出てR249浦上から県道38に入ると、次第に山道になります。
まさか海岸線の旅で山越えをするとは。
輪島市は海沿いに道がないエリアがあって内陸に入らざるを得ないのです。知らないって幸せなことですね…
山を越え、海に出るとそこは上大沢間垣の里。(〒928-0055 石川県輪島市上大沢町4−60)
おなじ海でも関東の太平洋岸とは違い、自然の厳しさを窺い知ります。
ようやく輪島の市街地に到着。ここで13時すぎでした。
漁師町によくありがちな路地に迷い込み、漁港に出ました。
ここでも後のヘビーな行程を考えて、ゆっくり海の幸を頂くことはせずコンビニ食で済ませてしまいました。
輪島の町を抜けてからも断崖絶壁の連続。
棚田があるはずだけど地形的にあり得ないなと思っていたところ、忽然と姿を現した白米千枚田。(〒928-0256 石川県輪島市白米町99−5)
通り過ぎながら思ったのですが、上からだけでなく中段あたりからのショットもあった方がよかった。
鶴の恩返しホーム?
時国家。(〒928-0204 石川県輪島市町野町13−4)
やがて奥能登の塩田、製塩所が続くエリアに入ります。
道の駅すず塩田村。(〒927-1324 石川県珠洲市清水町1−58−1)
あとから思えば、ここで塩むすびくらい頂いておくべきでした。
というのもこの先コメ🍙がまったく入手できなかったので。リサーチはしてありましたが輪島を出たらコンビニは皆無でした。
塩カフェという看板。平日だったのでやっていたかどうか。
ちょっとおしゃれなバス待合所を発見。ブルベライダーが喜びそう(笑)
(アレクサンダー・コンスタンチーノフ「珠洲海道五十三次」のひとつ 〒927-1302 石川県珠洲市笹波町)
結構広い。
ポスター渋すぎ(笑) 奥はベンチだとするとちょっと低いかな。
そうそう、今夜の宿も素泊まりだから、夕朝食をどこかで調達しなくては。
宿周辺に店が無いことだけは解っていたので、宿泊地10km手前の漁村で井上商店さんというお店に立ち寄ります。(〒927-1301 石川県珠洲市高屋町23−14)
食事になりそうな総菜パンと飲み物を入手、バックパックに詰めて再スタート。
…そしてなぜか負荷を増したのちに現れる悪魔の看板ww
いったい誰に向けて書かれているのだろう。
あてにはしていなかったけど、頂上の食堂もクローズでした。
そして今日一日苦しめられたこの地形。
関東近隣で言ったら、伊豆!伊豆!どう見たって伊豆!!
…いや、房総が平坦すぎるだけ。東北太平洋岸も紀伊半島もこんな感じじゃなかったっけ。
こうして椿の峠?を越え、どうにか日没前に能登最北端・狼煙に到着。
17時を廻っているのでさすがに開いている店はありません。10km食糧を背負ってきたのは正解。
誰もいない道の駅狼煙。
せっかく最果ての地に来たのだから、宿に行く前に禄剛崎灯台に立ち寄ります。
なんだか韓国のラジオとか聴こえてきそう(笑)
そして日没と同時にチェックイン。
狼煙の宿ではとっても丁重にお出迎え。食事の心配をして下さいました。
ここは漁師町で朝は早く夕方も早くひけるから、お店やってないでしょう、って。
お風呂でひとり旅の女性と出逢い、話し込みます。
それから翌日のルート確認をして、就寝。
(2日目 162.2km)
編集中記
あれから半年以上過ぎたので、もっと記憶が曖昧になっていると思いました。
案外、覚えているものですね。
3日目は東の海岸線で能登半島を南下します。To be continued..